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生存者たちの話    

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10月7日、子供の頃にみた悪夢が現実となった

  • Yuval S.'s story

四方八方から銃撃され、僕は死を覚悟した

生まれ変わったあの時から、120時間が経った。 人生が一度終わり、そして再び手渡された瞬間だった。

たくさん考え、泣き、悪夢にうなされ苦しんだ結果、自分の体験を証言することに決めた。僕や友人たちが経験した人生で最も恐ろしい1日のことを、世界に知ってもらうために。

僕たちはレホボトにある家を出発し、NOVA音楽祭に向かった。トーメル L.とロン W.は僕の家でトイレに立寄り、車から釣り竿を取り出して置いて行った。午前1時から50分間のドライブが待っていたのだ。

午前1時55分、「レイム」という標識で左折し、何十台もの車と何千人もの人々が集まる広大な会場に向かった。厳重なセキュリティーチェックを通過し、20人くらいの人たちと一緒に友人のブースへ向かった。

ダンスの前にトイレに行くと、偶然友人のマタン Z.に会った。僕たちの笑い声が響いた。僕は彼が大好きだ。写真を撮ったり、一緒に踊ったりして最高の再会を楽しんだ。彼はディモナ出身で、僕たちは兵役のほとんどを一緒に過ごしたのだった。「僕らの運がよければ、すぐにでも上空にロケットが飛んでくるだろうね。」なんて冗談を言い合った。 席に戻った。ロン、トーメル、そして僕は本当に幸せだった。混んでいるけど、最高だ。踊っては席に戻りを何度も繰り返した。

6時10分。ロンは、ダンスフロアに残ると言った。初めての野外フェスだし、耳栓を貸してあげたのでとても楽しそうだった。トーメルと僕は座って、他のみんなと同じように、日の出のDJセットを談笑しながら待った。親友のトーメルと過ごす時間は最高だった。

6時30分。空にミサイルの光が見えた。5個、10個…携帯の電源を入れると、サイレンが鳴り響いた。最悪だ。パーティーは終わりだろう。僕たちは地面に伏せた。音楽は止まり、DJが言った。「サイレンが鳴っている!コードレッドアラートだ!地面に伏せろ!」ロンは僕たちから離れて伏せていたし、トーメルと僕は何が起こっているのか理解できなかった。何千人の人たちがあちこちに走り出し、パニックになった。すぐ近くでブーンという大きな音がした。ブーン、またブーン… 警官がマイクに向かってこう叫んだ。「親愛なるみなさん、あと15秒しかありません!できるだけ早く走ってここから逃げてください!」 周囲の人たちは、走って逃げるべきなのか迷っていた。僕たちはいつも、こういうときは逃げずにじっとしているべきだと教えられてきたが、警察は逃げろと言った。

ロンが駆け寄ってきた。僕はトレーナー、トーメルは帽子、ロンはシャツを着た。大慌てで片付けながら、周りの人々はみんな不安で、悲鳴も聞こえた。ブーンという音やサイレンは絶え間なく鳴り響き、ミサイル投下は間近だったが、家族に「大丈夫だから。」と連絡を入れた。車に向かって走り出したあの瞬間から始まった悪夢を、僕たちの誰も想像さえできなかった。

車に向かう道は大混乱だった。人々は自分のではない車に向かって殺到するし、車は人々を轢いていた。泣いている人もいた。僕たちは急いで車にたどり着き、トランクに荷物を積み込んだ。ロンは僕に前に座るように頼み、自分は後部座席に座った。出発し、車の大行列に並んだが、道路にはまだまだ出られそうになかった。

2分経過したが、一向に進まない。 突然、駐車レーンと車の間にぽっかり空いた通路を見つけた。そこを通れとトーメルに言うと、彼はためらったが、結局行くことにした。車は坂を上り下りし、死の道、殺人鬼の道、あの232号線に差し掛かった。 パトカー2台が北上する道をふさいでいる。なぜ?どうして?ほとんどの人はここから北上するのに!尋ねると、彼らはすぐに別の道に行けと怒鳴った。

6時49分、僕たちは南に向かっていた。トーメルが「警察を呼ばなければ!」と叫んだが、警察は電話に出なかった。意味がわからない、警察なのに。何度も何度もかけたが、応答はなかった。 僕たちは南に向かって車を走らせた。タイに旅行中だった友人のクフィールは、「車で走るのをやめて、今すぐ近くのシェルターに立ち寄れ!」とメールを送り続けてきていた。同感だった。僕たち一人ひとり、そうするようにと教えられてきたのだ。ロケット弾がノンストップで飛んできて、すぐそばに着弾し、サイレンが鳴り続けているときには、立ち止まって待つのだ。しかし、本能のような何かが、ブレーキを踏むことを押しとどめていた。 ミグニット(ドアのない小さなコンクリートのシェルター)を通り過ぎるたび、僕はトーメルに止まるように言ったが彼はそのまま進んだし、今度はトーメルが止まるべきかどうか尋ねると、僕は進もうと言った。 スピードを上げ、いくつものミグニットを過ぎた。ロンは友人のジョニーに電話し、初めての音楽祭がこんな形で終わるなんて信じられない、どんなに気に入ったか、最高だったかを伝えていた。時速120キロで、レホボットから何光年も離れた南に向かった。地図アプリは引き返せと言い続けていたが、他に選択肢はなかった。

ふと後ろを振り返ってみると、誰もいない。前方にもいない。誰も追いかけてきていなかった。「おかしいぞ、音楽祭には何千人もいたのに。みんなはどこへ行ったんだ?きっと北側の道路が開通したんだよ。やっぱりあそこで待つべきだったんだ。」トーメルとロンにそう言うと、2人は同意した。僕たちは近くのキブツでUターンし、北の方角へ戻り始めた。どんどん進んだ。5分後、白い警察のトヨタ・カローラが追い越して行った。僕はリラックスして、姉、友人、そしてパートナーに、「僕たちは大丈夫。家に帰るところだよ。」と知らせた。

すると突然、パトカーがスピードを落として道を塞いでしまった。時速120キロ、90キロ、60キロ、30キロ...。トーメルは怒った。ロケット弾が飛んでくるし、ここから脱出しないといけないのに。再び不安が襲ってきた。どうしたらいいかわからず、クラクションを2回鳴らし、反対車線に渡ってパトカーを追い越すことにした。 すると突然、警官がパトカーのドアを強く叩き、窓から手を出してもう一度叩いた。パトカーの隣につけ、窓を開けると、警官は怯えた顔で叫んだ「テロリストが向かってくるぞ!テロリストだ!引き返せ!」なんだって?彼は絶叫した。「テロリストだ!!!」

トーメルは素早く車を反転させた。右を見ると、数百メートル先で、武装したオートバイのライダー3人がこちらに向かっていた。再び南へと車を走らせる中、僕は恐怖でガタガタと震えた。後部座席のロンは何が起こっているのか理解できていないようだった。トーメルと僕は手を握り合った。再び警察に電話するが、応答なし。7時5分だった。僕たちの後ろにいる警察官はもう姿が見えない。彼は助かったのだろうか?

その2分後、手を握り合ったまま運転していると、トーメルが前方に何人かいるのに気づいたが、よく見えなかった。「テロリストかな?」トーメルが僕に尋ねたが、「わからない」と答えた。すると、トーメルが叫んだ 。「テロリストだ!!!」

その瞬間、人生が止まった。道路の反対側から、8台のオートバイ、2台のバギー、そしてサブマシンガンを持ったピックアップトラックが走ってきたのだ。頭を下げたが、テロリストたちは50メートルの距離から僕たちの車を撃ってきた。死を覚悟した、その1秒後、ロンが最もつらい言葉を口にした。「俺は死ぬんだ。」僕はその言葉を一生忘れないだろう。僕とトーメルは頭を下げたままで、トーメルはロンを見ていた。

テロリストたちは何百発もの銃弾を撃ち込んだ。何百発も。銃音が鳴り響き、フロントガラスやすべての窓が粉々になり、弾丸が頭の真上のパッドに命中した。死の直前、それは永遠のように感じられた。

僕たちは顔を上げたが、後ろから迫るテロリストを確認するためのバックミラーはもはやない。僕はトーメルに「車を走らせ続けろ!」と叫び、ロンは痛みにうめいた。そしてトーメルが最悪の知らせを告げた。「車が制御できない。ブレーキもアクセルもハンドルもないんだ。何にもない。」その時、再び死を覚悟した。トーメルはギアをパーキングに入れ、ハンドブレーキを引いた。車は滑り、ギシギシと音を立てて止まった。

悪夢だった。車から降りて、この戦場、この死の道を行かなければならないなんて。この瞬間を、僕は決して忘れないだろう。 僕は後ろの窓越しにロンを見た。彼は出血多量で死んでいた。何もできなかった。僕とトーメルはシートベルトを外し、車から降りた。 北の方角からテロリストたちが戻ってきた。今度は6台のオートバイとサブマシンガンを装備した集団だった。道路を走る他の車を狙撃しながら、こちらに向かってくるのが見えた。南方からも5台のオートバイが猛スピードで迫ってきた。畑を見れば、2人のテロリストが僕たちの車を銃撃していた。 これが現実だった。銃撃の真っ只中にいた。僕は兵役でイスラエル国防軍で戦闘情報収集部隊にいたが、実戦に出たことはなかった。 トーメルと僕は道路に立ち尽くした。何十発もの銃弾が、あちこちから飛んでくる。右から、左から、前から、後ろから…僕たちは、まるで射撃場のアヒルのように、荒野に向かって走り出した。絶え間ない砲火の中を走り続けること1分。僕は死ぬことを覚悟した。人生が目の前でフラッシュバックした。洒落ではない。正直に言って、これが現実、これが人生なのだ。 トーメルが僕に叫び、僕も彼に向かって叫んだ。彼は僕よりも速く走った。もう、テロリストたちに追いつかれてしまう…彼らは四方八方から追いかけてきていた。僕は死んだふりをして地面に倒れ込んだ。トーメルは倒れる僕に向かって絶叫した。テロリストはトーメルに向かって行き、彼の方向に銃を乱射するのが見えた。彼の姿は消えた。僕の知る限り、彼は殺された。

僕は死んだふりをした。トーメルもロンもいない。一人ぼっちだった。テロリストが近づいてくる。彼は僕から20メートル離れたところに立ち、こちらを見つめた。神の力、それだけが僕を助けた。彼は僕が死んだかどうかを確認するための一発を撃たなかった。撃たなかったのだ。 彼は道路に戻って行った。道路を見ると、バイクが次々と集まり、銃撃は激しさを増し、テロリストたちが甲高い声で叫んでいた。僕は死んだように地面に横たわった。数分後、僕は携帯電話を手に取り、できる限りの人にメールを送った。自分の居場所を送り、祈った。 そして、泣いた。涙が止まらなかった。みんなは死んで、僕は生きていた…

そして3度目の死がやってきた。背中に鋭い痛みを感じたのだ。スウェットを脱ぐと、ピンク色だったはずのシャツが血まみれだった。背中の真ん中に穴が2つ開いていた。今度こそ、これで終わりだと思った。頭を地面に横たえた。こんな時は、誰も何も祈らないだろう。ただただ呆然とした。

さらに数分が経った。なんとか立ち上がり、パートナーのノアに電話をかけた。世界一辛い電話だ。テレビなんかで見たことがあるだろう。想像してみてほしい。ノアは僕を救出するために戦ってくれていた。しかし、僕は大きく息を吸い、これが最後の会話だと思った。 歩いて道に出た。温室を通り過ぎ、血まみれの服を脱いで姉に電話した。両親は海外にいて、姉が僕のすべてだった。 友人たちは口々に、「一緒に乗り越えよう」とメールをくれた。僕は彼らの言葉をとても信じられないと同時に、心から信じたかった。

すると、一台の車が通り過ぎ、運転手が窓を開けた。僕は叫んだ。「助けてください!死にそうなんです。ここから連れて行ってください!」彼はそのまま走り去った。僕をテロリストだと思ったに違いない。

それでも叫び続けると、彼は戻ってきてくれた。彼は車から降り、銃を抜き、僕の頭を狙った。「名前は?」「レホボト出身のユヴァルです。」僕は懇願しながら彼の方へ歩いていった。彼は僕の頭をじっと狙った。しかし、車に乗りこむのを助けてくれた。 きっかり9秒間のドライブだった。すぐにミグニットで降ろしてもらい、僕は足を引きずりながら入っていった。そこには僕と外国人労働者の他には誰もいなかった。すると50代の男が血まみれで、家族全員が撃たれて死んだ、と叫びながら走ってきた。僕は事態の深刻さに気がつき、心が引き裂かれた。僕たちはおそらくここで死ぬのだろう。

僕はその男性にしがみつき、背中を見てもらった。 傷口が2つ、大きな破片が2つ刺さっていた。1つは銃で撃たれたもので、もう1つはガラスの破片によるものだった。たぶん間違った処置だとは思ったが、どうしたら良いのか分からなかった。彼は刺さった破片を両方とも引き抜き、血のついたシャツで傷口を圧迫した。 その痛みで悲鳴をあげた。痛みでだろうか?わからない。

その場で35分もの間、遠くから銃撃してくるテロリストたちを見ながら息も絶え絶えだった。出血は止まったが、兵士も救急車も警察もいなかった。 そして遂に、エレズ・Gが到着した。最愛の友人であるヨーゼフが、僕を車でピックアップしてイシャの避難所に連れて行ってくれるようにと彼を送ってくれたのだ。 避難所に辿り着き、僕はそこにいた人たちと一緒に隠れた。そして泣きじゃくった…避難所に着いたのは8時30分だった。つまり2時間も、戦場で銃撃を受けていたのだ。何百発もの銃声、サブマシンガン、ライフル銃、殺人鬼たちに晒され続けたのだ。

その時、トーメルから電話がかかってきた。彼は生きていたのだ。ようやく、生きた心地がした。互いに生きていることを確かめ合った。どうやら彼はまったく別の道を行ったが、僕のいるところからわずか200メートルのところに避難していた。僕は友人を取り戻したのだ。しかし、僕たちのすぐそばの後部座席で殺されたロンのために、悲しみに暮れている。

叫び声、止めどない泣き声、ひしめくテロリスト、ロケット弾…それが僕のその後の24時間だった。体はひどく痛んだが、心の痛みや恐怖に比べれば、取るに足らないものだった。永遠よりも長く続いたあの24時間を表現する術はない。 あらゆる方法で逃げようとしたが、失敗した。姉やノア、そして友人や親戚一同が僕たちを脱出させるのに、丸一日かかった。ついに車で従兄弟のところまで運んでもらい、僕たちはアサフ・ハロフ病院に逃げ込んだ。

悪夢はようやく終わったと思った。しかし再び衝撃が走った。兵役時代の親友、マタン Z.が殺さたと聞いたのだ。 終わりのない悲劇だ。心は引き裂かれた。一緒に経験したすべてのこと、すべての会話、共に過ごしたすべての瞬間が蘇る。最愛の友よ… 昨日、陸軍部隊の友人たちと集まり、マタンのために愛の歌を歌った。彼を切望する歌を。君の優しい笑顔は、僕の目の前に永遠に残るだろう。あの夜、君と一緒に踊ったこと、それが僕たちの最後の幸せの瞬間だった。兄弟よ、これ以上何が言えるだろう…

それ以来、僕はずっと塞ぎ込んでいる。泣き、少し眠り、大半は考えごとをしている。僕はあそこからどうやって生還したのだろう?なぜ僕が生きているのだろう?何百発も撃ち込まれたのに、どうして生きて帰れたのだろう?何十人ものテロリストがさまざまな方向から銃口を向けてきたあの戦場は、現実だったのだろうか?答えはでない。

そして僕は今、ここベイト・イチャクの病院に何十人もの生還者たちとともに過ごしている。最も安全な場所だ。話し、呼吸する、その営みの一瞬一瞬に感謝している。生きている、僕は生きているんだ。 10歳のとき、ある事故に遭って生還した僕は、「生きている!」と叫んだ。 今再び、叫ぼう。「生き延びたこの人生を、もう一度生きたい!僕は生まれ変わったんだ!」と。

2000年7月7日に生まれた僕は、2023年10月7日に生まれ変わった。 これからどこへ行こう?何を選べばいいのだろう? 答えはなんとなくわかっている。僕は人のために生きたい。自分のためではなく、世界のために働きたい。今までしてきたように、世界のために生きようと思う。世界のために設立したNGO「ジェスタ」に集中し、もっともっと貢献したい。

ひとつ念を押したいのは、僕は自分が英雄だとは思っていないということだ。むしろ生存者の気分だ。命からがら助かったのだ。しかし、ロンは違った。 敬愛するロン・ワインバーグは死んだ。笑顔の似合うカリスマだった。初めて会った時から、僕は彼が大好きだった。 ロンの葬儀は、とても厳かだった。キブツ・アイン・ハショフェットで棺をエスコートし、トーメルの肩で泣いた。ロンを想い、どうすれば違う結果になったのかを考えた。

マタン、そしてロン。僕は君たちのために、毎日を生きるよ。 トーメル、君は僕の命の恩人だ。こんなことを書いたことを君は知らないだろうけど、君は僕のすべてだ。

突然、すべてがいかに取るに足らないものであるかを思い知らされた。本当に大切なのは愛する人たちと一緒にいることだけだ。僕はずっとそう信じてきたけど、今まで以上にそう思う。

生涯を共にするパートナーに感謝している。彼女はどんな時も僕のそばにいてくれて、一緒にすべてを乗り越えてくれた。

死という暗闇の中で光を照らしてくれた素晴らしい姉さん。命を救ってくれた親友。一緒にいてくれたみんなに感謝している。僕はたくさんの人たちのおかげで生きている。わかってほしい。

トーメル、ありがとう。本当にありがとう。君は僕のすべてだ。僕たちは永遠に一緒だと思う。お互いがヒーローだ。

悲しいことに、警察もMDA(救急隊)も病院も、誰も助けてくれなかった。 世界と戦っているのは、僕や君自身なのだ。そして、僕らを取り囲む家族や友人たち。あなたたちは僕の人生のすべてだ。生きていてくれてありがとう。悲しい時も辛い時も、共にいたい。

ユヴァル S.

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